今日は、欧州における2050年のカーボンニュートラルを達成するための法案(Fit for 55 package法案:7/14)にて発表された、欧州自動車CO2規制の見直し案について、今回、2030年以降の廃止が提案された“ZLEVインセンティブ”の概要と今後確実視されている方向性について徹底的に解説したいと思います。
ZLEVとは?
- Zero and Low emission Vehicleの略で、欧州自動車CO2規制においては、CO2排出量50g/㎞以下のクルマをZLEVと定義。
- 簡単に言うと、ゼロエミッションカーのBEV(バッテリーEV)とFCEV(燃料電池車)、およびPHEV(プラグインハイブリッド車)の3車種が該当。
自動車CO2規制の見直し案の概要
先ず、今回発表された見直し案の主な内容としては以下3点。
1)CO2削減目標値(乗用)
- 2030年(21年比):-37.5% → -55%(小型商用車:-31 → -50%)
- 2035年(21年比):-100%(新設)※35年以降はゼロエミッションカーのみ販売可能
2)ZLEVインセンティブ(ZLEV):2030年以降廃止
- ある一定の割合のZLEV車を販売したメーカーに対するボーナス措置
3)少量販売メーカーへの特例制度:2030年以降廃止
- 乗用車年間千~1万台(小型商用は2.2万代)の少量販売メーカーに対するCO2目標値の緩和特例措置
現行ZLEVインセンティブの概要
2020年の95g規制において、22年でZLEVに対するスーパークレジット制度(ZLEV1台の販売を割増カウントできる制度)が終了する事から、2025年以降の削減目標値を定めるPost2020規制(EU/2019/631)では、ZLEVベンチマーク値というものが設定された。
● 2025年:15%
● 2030年:35%
この%は、いわゆる各社が販売する年間総台数のうちZLEV車の販売比率を何%まで引き上げなさいという目標値。このベンチマーク値を達成/超過したOEMにはボーナスが与えられ、最大5%までCO2目標値が緩和される。(1%超過の場合は、1%ボーナスが与えられ、超過度合に応じてボーナス幅も変動。ただしMAX5%まで)
→ すなわち、2025年断面で、最大5%のボーナスをもらうためには15+5で20%のZLEVシェアが必要という事
ZLEVシェアを計算する際、BEVは1台カウントされますが、走行時のCO2排出量がゼロではないPHEVは、ZLEVファクターという計算式があり、かつPHEVにはmultiplier(0.7)という係数をかけて計算されます。(AnnexⅠ-PartA/B 6.3:下記法文抜粋)
- このPHEV multiplierは、当初、Post2020-CO2規制を検討していた2018年当時、欧州委員会も議会も、50g/㎞のPHEVをゼロカウントとして、0g/㎞で1台カウントとする線をリニアに引っ張る提案を出していました(中間の25g/㎞で0.5台カウントという事)
- しかしながら、法案が決まる最終局面において、PHEV multiplierを“0.7”とする事が採択され、簡単に言うと、50g/㎞のPHEVでも0.3台カウント、25g/㎞で0.65台カウントと、PHEVの台数カウントがより多くなる案で決着した経緯があります。
- すなわち、当初は、上限の50g/㎞をぎりぎり達成するPHEVを出してもZLEVシェアにはカウントされなかったものが、0.3台のカウントを獲得できるため、ざっくり言えば、このクルマを3台出せば、BEV1台を販売したと同じ事になる訳で、自動車OEMにとっては有難い措置という事。
- また、このZLEVスキームには、ある一定の条件を満たした加盟国(EU平均よりもZLEVシェアが著しく低い国)での販売は、上記計算に更に1.85倍が掛けられる条項となっております。(BEV1台について1→1.85台カウント、50g/㎞のPHEVで0.3→0.555台カウント)
ZLEVインセンティブが今後更に厳しいものとなる可能性
上述の通り、今回、欧州委員会から提案された見直し案では、2030年以降のZLEVインセンティブを廃止としている事から、ベンチマーク値35%というのも削除されています。
従って、今後、欧州議会、理事会での協議に移っていく訳ですが、議論の焦点は25年~29年までの措置をどうするかという部分になります。当然、環境寄りの議会議員などからは、このような自動車メーカーに対するボーナス措置は一切不要(全車EVにすればいいのだ!!)といった思想を持つメンバーも相当数存在し、今後の審議の中ではZLEVインセンティブ不要論、もしくはもっと厳しいものへの締め付けが提案される可能性は大であると言えるのです。
環境NGOの主張
既に環境NGOのT&Eなどは、ZLEVインセンティブに対して、厳しい見解・主張をリリースしています。
彼らの主張の結論から言うと、以下となります。
- 昨今の、急激なEVs(BEV、PHEV)販売シェア増加の状況からして、現行のZLEVインセンティブのスキームは時代に即した内容になっていない。(改善すべき)※参考記事:【最新】欧州自動車:電動化率とCO2規制の達成状況(2021年上半期終了時点)
- EUのEVs(BEV、PHEV)販売シェアが25%に達した段階で、本ZLEVインセンティブスキームは廃止すべき。(2030年以降と言わず、EVsシェアが25%に達したら、その時点で廃止とすべきという事。(EVsシェアの最新データは、2020年:10.5%、2021年H1:15%))
- また、PHEVに2025年以降採用されているmultiplier(乗数)0.7は廃止し、元の欧州委員会/議会の提案に戻すべき。(要するに、例えば、50g/㎞のPHEVは0.3台→ゼロカウント、25g/㎞のPHEVは0.65台→0.5台カウントに強化すべきという事)
- 現行のZLEVベンチマーク値をCO2削減目標値に合わせ強化すべき。(例えば、乗用車の2030年ベンチマーク値を現行の35%→少なくても55%に上げるという事)
もう少し各論について深堀すると、
2025年のZLEVスキームについては、
- 2025年以降、(HIS Markitが発表する各社の生産予測を基に試算した結果)フォードとトヨタの2社を除いた全ての主要OEMは、本スキームによって上限である5%のフルボーナスを得る(下記グラフ参照)
- すなわち、25年時点でこれら各社は20%のZLEVシェアを達成している事になる。(→ なお、2027年以降はトヨタも含めた全社がフルボーナスを得ると予想)
PHEV multiplier(0.7)については、
- 下記グラフの通り、例えば45g/㎞のPHEVで、本来0.1台カウントのところ、0.37台として上乗せされている状況。
- 仮にPHEV- multiplier(0.7)を削除しても、現在発表されている各社の計画からすれば、VW、BMW、Stellantis、VolvoなどEU市場の約56%に当たるボリュームがフルボーナスを獲得できる状態。
- つまり、市場の半分以上のボリュームに対して、CO2目標値が5%緩和となり、その分、結果的にICEの販売を増やす事が可能という事(ICEのCO2排出量を2.6%増加できるとの事)。
- T&E独自のモデリング試算では、仮にこのPHEV multiplier(0.7)を廃止すれば、2030年の断面で、約4.5MtCO2削減できる(全体CO2量の1%に相当)。
まとめ
以上のように、今後の欧州議会審議のフェーズでは、当然、上記のような改訂提案が環境寄りの議員・政党から出て来る事が予想されます。
ポイントは、
- 2025年~29年におけるPHEVの台数カウントについては、元々の欧州委員会・議会提案が、multiplierなし(上記グラフの濃い青線)であったため、今後、議論の焦点になってくる事。
- フルボーナスを獲得するOEMが大半で、その緩和分により、より多くのCO2を排出するICEを販売させる事はいかがなものか。
という主張となっております。
現在、この欧州自動車CO2規制の見直し案についてはパブコメがかかっており、現時点のコメント締切は10/19となっておます。
実際に具体的な議会審議は始まるのは、このコメントを締め切った後と推測でき、最終合意に至るまでは、早くても、来年2022年末以降になる予想されております。
今後もこのような解説を掲載していきますので、どうぞ宜しくお願い致します。
コメント